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神戸地方裁判所 昭和51年(行ウ)19号 判決 1977年11月11日

原告

汪萬益

右訴訟代理人

宮崎定邦

吉井正明

被告

神戸入国管理事務所

主任審査官

原種久

右指定代理人

平井義丸

外四名

主文

一、本件訴を却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  原告が昭和五一年七月二一日なした仮放免の期間延長請求に対し、被告が同日これを不許可とした処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨の判決及び本案につき「1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  被告は原告に対し、昭和四一年二月一五日、退去強制令書を発付したので、原告は、右退去強制令書発付処分の無効確認訴訟(当庁昭和五一年(行ウ)第一六号行政処分無効確認請求事件)を提起して現に係属中である。また、同日右行政処分執行停止の申立(当庁昭和五一年(行ク)第九号)をもなした。

2  被告は、原告に対し、同四九年一二月一二日出入国管理令(以下、令という。)五四条により仮放免を許可し、その後一か月ないし一〇日間の期間を定めて仮放免の期間延長を認めてきた。

3  ところが、同五一年七月二一日、原告が被告に対し、右仮放免の期間延長の請求をしたのに対し、被告は、特段の理由もなく、これを不許可とし、即日、原告を神戸入国管理事務所(以下、神戸入管という。)に収容した。

しかし、被告の右仮放免期間延長不許可処分は次の事由により違法であつて取消されるべきである。

(一) 憲法一八条、三一条違反

原告に対する退去強制令書に基づく執行は、その送還部分につき、同五一年七月一〇日、前記行政処分執行停止申立事件における当庁の決定により、本案判決(前記退去強制令書発付処分の無効確認訴訟)確定まで停止されているので、本案判決確定までは送還が不可能である。にもかかわらず、原告を収容することは、原告を社会生活から隔離し、原告の提起した前記訴訟の遂行に関与することを認めないことになる。原告が裁判所に出頭するか否かは本人の自由意思に委ねられているとはいえ、その意思がある以上、何人といえどもこれを拒否できない筈のものである。たとえ代理人が委任されていても、原告が収容されている場合には、代理人のみが出頭しても、原告は訴訟の内容を十分に知り得る機会を持てないし、しかも、収容所の中で、常に被告側より訴の取下を強要される虞れが十分あるとともに、社会関係から隔離されたことに伴う精神的苦痛から、訴訟を断念して帰国を決意せざるを得ない状況におかれているともいえるのである。かくては、右不許可処分は、原告の裁判を受ける権利を実際上保障しないことになり、むしろ、これを原告から奪うものである。

また、原告の妻子に対しても退去強制令書が発付されたが、同人らに対しては、その執行が収容部分をも含めて大阪高等裁判所の決定により停止されているにもかかわらず、原告を仮放免することなく収容することは、夫婦親子の生活をも踏みにじることにもなる。被告は、原告が病気の治療を要する状態になつても、三か月以上も放置した後、代理人が人身保護の請求をする段階になつて、ようやく、病気治療を理由とする仮放免の許可をしたものである。原告を仮放免することなく収容することは奴隷的拘束ともいえるのである。

よつて、本件仮放免不許可処分は、憲法一八条、三一条に違反している。

(二) 覊束裁量違反

令五二条各項の規定の趣旨からして、退去強制令書に基づく収容処分は、送還が一時的に不可能な場合に、将来送還が可能になるときまで一時的に身柄を収容する処分であり、仮放免は、送還が長期間不可能な場合に送還が可能となるときまで身柄を収容することは酷であり、また、長期間社会生活から隔離することは人道上許されないことから、送還可能となつた場合、直ちに収容できるように行動範囲の制限を設けてなされるものである。そして、仮放免には、住居、行動範囲の制限、呼出に対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付することができるけれども、その眼目は逃亡の防止と送還が可能となつた場合に収容が容易にできるためにあることが明らかであつて、在留活動を禁止する規定はなく、現行法上、収容処分は送還のための身柄確保を唯一の目的とするものである。

ところで、令五二条六項は、「退去強制を受ける者を送還することができないことが明らかになつたとき」は「入国者収容所長又は主任審査官は」、「その者を放免することができる。」と規定しているが、これは、送還できない者を収容することは人道上許されないとの趣旨から規定されたものであり、仮放免につき規定された令五四条の特別規定である。右規定は、主任審査官に右権限が与えられていることを指摘したのにすぎないものであつて、人道上の見地からの規定である以上、これをもつて自由裁量とはいえない。現実には令五二条六項の放免制度は適用されず、収容者の申請による仮放免許可の形になつているのであるから、たとえ令五四条の仮放免の形をとつても、令五二条六項の趣旨から同項の条件に該当する場合には、すなわち、本件においては、退去強制令書の送還部分の執行停止決定がなされているのであるから、このような場合には、送還することができないことが明らかであるから、被告は原告を仮放免すべき法的義務を負うものというべきであつて、これは覊束裁量である。本件仮放免不許可処分は右義務に違反している。

(三) 自由裁量権の濫用

仮に、被告の原告に対する本件仮放免不許可処分が自由裁量であるとしても、被告の右処分については次のような事情がある。

(1) 本件収容が原告の前記訴訟提起に対する報復的措置であること。

原告は、昭和四九年一二月一二日から同五一年七月二一日まで仮放免の許可を受けていたものであるが、同五〇年三月から身障者らに貴金属加工の技術指導をしており、被告もこれを熟知していたし、原告が同年九月に有限会社北野宝石研究所を設立したときには、その登記簿謄本を被告に提出していたものであつて、被告は、これらを黙認して仮放免許可を継続してきた。これらの事実からしても、被告は、原告に帰国意思がないことを熟知して仮放免してきたことは明らかである。被告は、同五一年七月二一日に原告を収容したが、それは、その時点で、原告の仮放免許可申請の理由がそれまでの「帰国準備」から「送還部分の執行停止により本案判決確定までの仮放免」という理由に変わつたことを奇貨として、報復的処置として収容したものであつて、原告に帰国意思がないことがその時点で被告に明らかになつたためではない。すなわち、被告は、当庁における前記執行停止申立事件についての前記決定がなされるや、退去強制令書の収容部分につき執行停止決定がなされなかつたことおよび前記のように仮放免許可申請の理由が変更したことを奇貨として、本件仮放免期間延長請求につき、これを不許可として、原告の右訴訟提起に対する報復的措置をとつたものにほかならない。

(2) 原告が収容に耐えない状態であることを被告は熟知していたこと。

原告は、前記執行停止申立事件において、原告が左変形性股関節症の治療にあたつており、手術治療を要する状態であつて、収容に耐えない虞れがあることを主張し、医師の診断書も添付していたから、被告は、右事実を熟知していた。それにもかかわらず、被告は、仮放免不許可処分をなし、原告を収容したため、右病状は悪化し、収容に耐えない状態になつた。しかも被告は、原告を三か月以上仮放免をせず、収容を継続して放置したため、原告は、約六か月の手術治療を要する状態となつたものである。

(3) 原告の収容により身障者の生存権を否定する結果となること。

原告は、有限会社北野宝石研究所において、従業員の身障者三名に対し、貴金属加工の技術指導をしていたが、原告が収容されたため、残された身障者らは必死に職場を守つているものの、右会社は赤字経営となり、何時倒産するかもしれない状態に追いこまれている。貴金属加工は、身障者の職場の拡大に大きな意義を持つており、原告が身障者のためにその指導を継続することは、公共の福祉にも合致しているものであつて、その成功を社会福祉関係の団体も期待していた。神戸市議会や兵庫県知事も、原告が収容される前から、原告が社会福祉に貢献している事実を指摘して、原告のために特別在留許可をするよう嘆願書を法務大臣に提出している次第である。したがつて、原告を収容することは、とりもなおさず身障者の社会福祉に目をつぶることであり、身障者の生存権を否定することにほかならないものである。

(4) 高等裁判所の決定を待たずに原告を収容したこと。

原告は、前記執行停止申立事件において、退去強制令書の送達部分に限り執行停止決定があつたことを不服として、大阪高等裁判所に即時抗告していた。したがつて、被告は、原告を収容するか否かについては、同裁判所の決定を待つべきであつたにもかかわらず、原告を苦しめるのに性急で、右決定を待つことなく、原告を昭和五一年七月二一日収容した。ところが、同裁判所では、原告の妻子について、退去強制令書の収容部分についても執行停止決定がなされたため、夫婦親子が引離されるという人道上ゆゆしき状態を招来した。しかしながら、被告は、原告を仮放免せずに収容するという非人道的な行為を継続した。

(5) 原告は、仮放免の期間中、その許可条件に違反したこともなく、その生活状況全般につき新たな変化があつたわけでもなく、また、令五五条一項に定める仮放免取消の事由に該当する事情もなかつた。

以上のような事情のもとで、被告の本件処分が自由裁量権の濫用となるか否かは、本件処分によつて得られる被告の利益と、収容されることによつて被る原告の不利益の比較考量であり、後者の不利益が著しい場合に自由裁量権の濫用となるというべきところ、原告を収容することによつて得られる被告の利益は、原告を社会生活関係から隔離し、原告に帰国を間接的に促し得る利益であり、他方、収容されることによつて被る原告の不利益は、社会生活関係から隔離される苦痛のほか、左股関節の悪化による激痛であり、夫婦親子の別離であり、身障者三名の生存権の破壊である。収容されることにより被る原告の不利益は、被告の前記利益に比し、著しいものがある。本件不許可処分は、被告の自由裁量権の著しい濫用であり、その裁量の範囲を著しく逸脱濫用したものというべきであるから、違法として取消されるべきものである。

二、本案前の抗弁

原告は、新たに、昭和五二年三月二六日、横浜入国者収容所長から仮放免許可を受けて、現在、仮放免中であるので、本訴は訴の利益を欠くものというべきである。

原告は、昭和五二年三月二六日付の仮放免の許可には、(1)許可後速やかに神戸大学医学部付属病院において手術するため入院すること、(2)収入を得る活動に従事しないことの二つの条件が付されているとして、これを理由として本訴に訴えの利益があると主張するが、理由がない。すなわち、仮放免の期間延長の法的性質は、単純な期間の延長ではなく、期間満了により仮放免の許可は当然に失効し、また新たに仮放免の許可を与える行為であると解されるので、仮放免の期間延長請求も、その実質は令五四条一項の仮放免の請求であると解される。したがつて、仮放免の期間延長に際し、主任審査官は新たに適当な条件を付すことができるのであつて、仮に、裁判所において、本件仮放免の期間延長不許可処分が取消されたとしても、当然には「収入を得る活動に従事しないこと。」等の条件の付せられていない無条件の許可が受けられることにはならないから、従来の仮放免許可には条件が付せられていないにもかかわらず、右仮放免許可に前記条件が付せられていることをもつて、本訴につき訴の利益があるということはできない。

また、退去強制令書に基づく収容が認められる趣旨は、送還のための身柄確保のためのみならず、令により本邦における在留活動が許容されない外国人を隔離してその在留活動を禁止し、かつ、送還に至るまでの間に同人が新たな社会経済活動をするなどして、日本国内における定着度を増し、あるいは、新たな利害関係を生じて送還をより困難にすることのないようにする点にあるから、既に退去強制令書が発付されて在留資格を有しない者が仮放免の許可を受けた場合に、新たな経済活動をすること等これにもとる活動が許されないことは、仮放免許可書に条件として記載されているか否かにかかわらず当然のことである。同五二年三月二六日付の仮放免許可書に前記条件が明示的に記載してあるのは、前回仮放免許可を受けていた際の原告の行動にかんがみ、その趣旨を一層徹底させるためである。同五一年七月二一日までの仮放免許可の期間が前記条件を付せられないまま延長されたとしても原告の利益に差異はない。

したがつて、右の仮放免許可に前記条件が付せられていても、仮放免が許可された以上、本訴に訴の利益がないものである。

三、請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、同五一年七月二一日、原告が仮放免期間延長請求をなしたのに対し、被告がこれを不許可とし、即日原告を神戸入国管理事務所に収容したこと、同月一〇日、同五一年(行ク)第九号事件につき、原告主張の執行停止決定がなされたことは認め、その余は争う。

四、被告の主張(本件不許可処分の適法性)

1  本件不許可処分に至る経緯

(一) 原告に対する退去強制令書発付に至る経緯

(1) 原告は、昭和一三年一一月二八日中国台湾省台北県士林鎮福林里二五五において中国人父汪慶水、同母注鴛の四男として出生した中国人である。

原告は、台北市所在の松山商業学校を一七歳の時に卒業後、同市所在の大和商行(工業原料貿易商)に約八年間勤務した。その間同三六年一二月に羅純枝(同一三年三月一七日生)と結婚し、同女との間に長男汪俊龍(同三七年七月一〇日生)、長女汪美玲(同三九年一一月三日生)をもうけた。

(2) 原告は、前記大和商行の社員の身分を有したまま、同三九年八月一一日、東京オリンピツク見物と、業務を兼ねて本邦に入国し、神戸市生田区北長狭通五丁目一九に居住の妻の叔父羅阿の許に寄寓したが同四〇年四月一一日神戸港から沖繩に出国した。

(3) 同四〇年六月二四日大阪入国管理事務所伊丹空港出張所入国審査官から令四条一項一六号、特定の在留資格及び在留期間を定める省令一項三号に該当する者としての在留資格と、その在留期間三〇日の認定のもとに、その旅券に上陸許可の証印を受けて再び本邦に上陸し、前回同様前記羅阿の許に寄寓し、同年七月一九日法務大臣に対し、右在留期間の更新を申請したが、同年八月四日右申請を不許可とされ、その旨の通知を受けた。

(4) 神戸入管入国警備官は、同四〇年八月五日原告が令二四条四号ロに該当する容疑のあることを知つたので違反調査を行つたが、原告は、船室予約証を提出して同年九月三日神戸港から基隆向けの船舶で出国する旨申立てた。そこで神戸入管所長は原告に対し同年九月一日までに予約船に乗船し出国するよう勧告した。しかし、原告は、同年八月二六日左変形性股関節症のため神戸医科大学附属病院整形外科六〇六号室へ入院したので違反調査は一たん中止された。その後同人は、同年一二月七日同病院を退院した。

(5) 神戸入管入国警備官は、同四一年一月一七日右違反調査を再起し、同年一月二一日神戸入管入国審査官に事件を引渡した。神戸入管入国審査官は、同年二月一五日審査の結果原告が令二四条四号ロに該当すると認定し、同日原告及び主任審査官にその旨を知らせたところ、原告は同日その認定に服し口頭審理を請求しない旨の文書に署名した。そこで主任審査官は、即日退去強制令書を発付し、神戸入管入国警備官は、退去強制令書を原告に示しこれを執行し原告を神戸入管収容場に収容した。

(二) 退令発付後の経緯

(1) 同四一年二月一五日神戸入管主任審査官は、原告の請求により、同人の左変形性股関節症の治療のため、同日原告の仮放免を許可した。

(2) ところが原告は、右の仮放免中の同四二年六月ころ、本件退令の執行を免れるべく逃亡したため、同年六月二〇日当時仮放免を所管していた福岡入国管理事務所主任審査官は、原告の仮放免を取消した。

(3) 同四九年一二月一〇日、原告は、神戸市生田警察署警察官から、台湾・本邦間の金及び服飾品の密貿易容疑により捜査を受けるや、同月一二日神戸入管に出頭して、前記のように仮放免中逃亡した事実を申告したので、神戸入管入国警備官は、同日原告に対し仮放免が取消されている旨を告げ、かつ、本件退令の写を示して神戸入管収容場に収容したが、原告は、神戸入管入国警備官に対し、本邦に存留することが認められなければ帰国する、同居中の妻子らは同五〇年三月ころには帰国させる旨供述したうえ、「妻子のいる台湾に帰国したいが、帰国のための入境証取得並びに家事整理の都合がある」との理由により入境許可が下り次第自分から進んで出国する旨を誓約して、仮放免の請求をしたので、被告は、同日入境証の取得並びに身辺整理のため、同月二五日までの期間を限つて原告の仮放免を許可した。

(4) 原告は、同四九年三月以来、北野宝石店との間に交した技術提供に関する契約に基き同店で稼働していたところ、同五〇年八月右北野宝石店が破産したとして、原告は神戸入管から会社を設立してその責任者となることは適当でないとの警告を受けていたにもかかわらず同年九月「有限会社北野宝石研究所」を設立し、その代表取締役に就任した。

神戸入管は、事業・家事などを整理のうえ早期に出国するよう口頭による指示をし、同五一年五月七日には、審査第二課長は「速やかに自費出国すること、そうしないときは仮放免期間延長が認められず収容・送還されることもある」旨警告した。これに対し原告は、同年三月三〇日ころ、旅券交付申請のため在大阪亜東関係協会大阪弁事処に赴き右手続を開始したものの、その後は旅券交付申請・入境許可証取得などの手続を進めたと認められなかつたので、被告は、同年五月二六日以降は、仮放免の期間をそれまでのおおむね一か月であつたのを二〇日ないし一〇日に短縮して許可したところ、原告は同年六月再び前記亜東関係協会大阪弁事処へ赴いたが旅券交付等の申請を行つたとは認められなかつたのみならず、原告は「収容されてもやむを得ない」旨供述し、自ら出国する意志のないことを表明するに至つた。

そして、原告は、同五一年六月二一日当庁に対し行政処分無効確認請求(当庁昭和五一年行(ウ)第一六号)を提起し、同時に行政処分執行停止申立(当庁昭和五一年行(ク)第九号)をした。

その後も原告が帰国準備を理由に仮放免期間延長の申請をしたので、被告は原告の真意をはかるためこれを許可した。

(5) しかるに原告は、その後前記執行停止申立事件の決定により、本件退去強制令書の送還部分の執行が停止されたことを奇貨として、同年七月二一日「神戸地裁より、送還部分の執行停止が認められましたので、本案判決確定まで引続き仮放免許可されたい」との理由により仮放免の期間の延長を願い出たが、被告は、原告の右願出の理由を検討し、従前の期間延長の状況、その理由並びに原告の態度を考え合わせて、仮放免の期間延長は相当でないと判断し、これを認めないこととして同日原告にその旨口頭で通知した。

そして神戸入管入国警備官は、同日午前一一時仮放免許可期間満了とともに原告を神戸入管収容場に収容し、その翌日原告を横浜入国者収容所へ移送した。

(6) 因みに原告の妻及び長男・長女は(以下「原告の家族」という。)同四九年九月四日大阪入国管理事務所伊丹空港出張所入国審査官から、令四条一項四号に該当する者としての在留資格(在留期間六〇日)でその渡航証明書に上陸許可の証印を受けて本邦に上陸し、原告と同居するに至つた。

原告の家族らは二回にわたつて右在留期間の更新許可を受けたのち、同五〇年二月二六日法務大臣に対し第三回目の在留期間更新許可申請をしたが、これを不許可とされ同年三月一一日その旨の通知を受けた。

神戸入管入国警備官は、昭和五〇年三月一一日原告の家族らが令二四条四号ロに該当する容疑のあることを知つたので違反調査を行い、同月二五日神戸入管入国審査官に事件を引渡した。神戸入管入国審査官は同年四月九日審査の結果、原告の家族らはいずれも令二四条四号ロに該当すると認定したところ、同人らは同日口頭審理を請求した。そこで神戸入管特別審査官は、同月二五日口頭審理の結果、右認定に誤りがないと判定したが、原告の家族らは、同日法務大臣に対し、異議の申出をした。

法務大臣は、同年七月一日右異議の申出は理由がない旨裁決し、これを神戸入管主任審査官に通知したので、神戸入管主任審査官は原告の家族らにその旨を告知して、同年七月二八日退去強制令書を発付した結果、原告の家族らは即日神戸入管収容場に収容されたが、代理人からの仮放免の請求があつたので神戸入管主任審査官は、原告の家族らの仮放免を許可した。

2  本件処分の適法性

(一) 仮放免の自由裁量性

令が定めている在留資格制度においては、外国人は、入国審査官等から在留資格が与えられない限り、本邦において在留活動することができないものである。

したがつて、不法入国者等退去強制事由に該当し退令を発付された外国人は、在留資格を有しないので在留活動が許容される余地はない。

令五二条五項のいわゆる退令収容が認められる趣旨は、送還のための身柄確保のみならず、法令上本邦における在留活動が許容されない退令の発付された外国人を隔離して、その在留活動を禁止し、かつ、送還に至るまでの間に同人が新たな社会・経済活動をするなどして日本国内における定着度を増し、あるいは新たな利害関係を生じ、送還をより困難にすることのないようにする点にある。

このような退令収容の趣旨からして、令五四条に規定する仮放免は、実際上「退去強制令書の発付を受けた者が自らの負担により、自ら本邦を退去しようとするとき」、若しくは、その準備のため、又は病気治療のため等特別な事情のある場合に一時的かつ例外的に認められるものであつて、仮放免の許否は、入国者収容所長または主任審査官の自由裁量によるものである。

このことは、令第五章に定めた退去強制手続が、令三九条、四四条、四五条一項及び五二条五項に規定するごとくその身柄を収容して行うのを原則としていること、並びに令五四条二項の文言に徴しても明らかである。

(二) 本件処分の正当性

前記のような諸事情、殊に

(1) 原告が令二四条四号ロ(不法残留者)に該ることは明らかであり、かつ、いわゆる特別在留許可を与えるべき事情は存しないこと。

(2) 原告は、昭和四二年六月ころ、仮放免中に逃亡し、七年余りの間行方をくらましていたこと。

(3) 原告は、オリンピツク見物と業務を兼ねて入国し、その後慢然と残留を続けたものであつて、地縁、血縁、その他本邦に残留しなくてはならない特段の理由はなかつたこと。

(4) 昭和四九年一二月ころには、本邦に在留することが認められなければ、妻子ともども、自ら進んで出国する旨申し立て、「帰国のための入境証取得並びに家事整理の都合」を理由に仮放免を請求してその許可を受け、その後は同様の理由で仮放免の許可(仮放免期間の延長)を再三にわたつて受けたのに、「入境証の取得」の手続も、「家事整理」も行わなかつたこと。

(5) また、それのみならず、その間の昭和五〇年九月ころには、神戸入管当局の警告を無視して、会社を設立し、その代表取締役に就任するなどして、新たな社会・経済活動を開始し、昭和五一年六月ころには、自ら出国する意思のないことを表明するに至つたこと。

(6) 原告には、現時点では、従来原告が仮放免の請求の理由としていたところの、「入境証の取得」並びに「家事整理」その他の出国準備をする意思は全くないこと。

(7) このように自ら出国する意思もなく、仮放免中に新たな社会・経済活動さえ開始した原告に従来通りの在留活動を認めると、地域社会への定着度を増し、新たな利害関係をも生じることとなり、将来退令の執行により送還することとなつた場合に、送還に支障を来たすことともなりかねないこと。

(8) 原告の現在の社会的地位、営業、生活の基盤は、当初は逃亡中に昭和四九年一二月以降は、自らも出国する旨の意思表示をなし、出国準備のために許された仮放免期間中に、しかも入管当局の警告を無視して築かれたものであつて、その背信性は強度で、保護に値しないものであること。

(9) 今回の仮放免申請の理由は神戸地方裁判所で、退去強制令書の送還部分の執行停止が認められたので、本案判決確定まで引続き仮放免を許可されたいというものであつて、従来の申請の理由とは全く異なるものであるだけでなく、前記のような退令収容並びに仮放免の趣旨、性格からして、本来的に仮放免の理由とはなり得ないものであること。

などの事実並びに前記退令収容、仮放免の趣旨性格等からして、本件不許可処分が正当なものであり、裁量権の逸脱、濫用はないことは明らかである。

五、本案前の抗弁に対する原告の主張

原告が、昭和五二年三月二六日に仮放免許可を受けて現在仮放免中であることは認める。しかしながら、まだ、原告は、次の理由により本件仮放免不許可処分の取消により回復すべき法律上の利益を有するので、本訴につき訴の利益を有するものである。すなわち、

原告は、本件仮放免不許可処分により横浜入国者収容所に収容されたが、代理人の仮放免許可の交渉にもかかわらず収容が継続されたところ、原告の左股関節の悪化により手術を要する状態に至つた。そこで、同所所長は、原告に対し仮放免を許可したが、その際、(1)許可後速やかに神戸大学医学部付属病院において手術するため入院すること。(2)収入を得る活動に従事しないことの二つの条件が付された。原告は、右条件に反対したが、早急に手術が必要な緊急状態にあつたため、やむなく右条件に応じた。原告は、現在同病院に入院中であるが、将来退院した後には、右条件からすれば再度収容される可能性が十分に存在する。また、仮に仮放免が継続されるとしても、収入を得る活動に従事しないことという条件が付せられているのであるから、家族の生活を維持するための収入活動ができないこととなつて生存権を侵害されることが明らかであるし、右条件に違反して収入活動に従事すれば収容されるという不利益を被ることになる。したがつて、原告が現在仮放免を受けているとはいえ、前記不利益が現存する以上、同五一年七月二一日の原告の仮放免許可申請に対し、これを不許可とした処分を取消して、被告において継続して仮放免を継続すべき義務の存在が確認されるのでなければ、原告の不利益は救済されないというべきである。原告は、行政事件訴訟法九条かつこ書により依然として訴の利益を有する。

六、被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)の(1)ないし(4)は認める。同1の(一)の(5)のうち、原告が認定に服した点は否認。原告が口頭審理を請求しない旨の文書に署名したことは認めるが、原告は文書の内容を知らずに署名したものである。その余は認める。

2  同1の(二)の(1)、(2)は認める。同1の(二)の(3)のうち、原告が自ら神戸入管に出頭したこと、被告が昭和四九年一二月二五日までの期間を限つて原告の仮放免をしたことは認める。その余は不知。なお原告が神戸市生田警察署警察官から密貿易容疑により捜査を受けたことは否認する。右捜査を受けたのは林武であり、原告は無関係である。

3  同1の(二)の(4)のうち、神戸入管から、原告が会社を設立してその責任者となることは適当でないとの警告を受けていたこと、事業家事を整理のうえ早急に出国するよう口頭による指示を受けていたこと、昭和五一年五月七日、審査第二課長が被告主張の警告をしたことは不知。その余は認める。

4  同1の(二)の(5)、(6)は認める。

5  同2の(一)は争う。

6  同2の(二)の(1)ないし(3)について、原告に特別在留許可を与えるべき事情は存しないことは否認する。その存否は、被告の退去強制令書発付処分の違法を争う本案の判決を待たねばならず、軽々に断ずべきではない。原告は日本において親子四人で平和に生活していること、以前から有する金属加工技術を利用して身障者の社会福祉に貢献しており、身障者に引続き技術指導をする必要があること、台湾に帰国した場合に政治犯として処罰される可能性が強いこと等の事実を右訴訟において指摘して被告の処分の違法性を争つており原告の主張は十分理由があるものである。

7  同2の(二)の(4)ないし(8)については、原告が従来「帰国のための入境証取得並びに家事整理の都合」を仮放免申請の理由としていたことは認めるが、これは被告の都合によるものであり、原告の意思とは無関係である。被告が仮放免を許可する場合には、予め申請人に申請の理由の書き方を指示指導し、申請人は言われた通りに書くのが常である。被告の仮放免許可の期間は一年八か月にも及ぶし、昭和五〇年一〇月頃から、身障者はじめ多くの人々が原告の在留の嘆願をしていたのであるから、原告に帰国意思がないことは明らかであり、被告も右事実を十分承知のうえで仮放免してきたものである。

8  同2の(二)の(9)の本件仮放免申請の理由が被告主張の通りであることは認める。本件不許可処分が正当であるとの被告の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告は本訴において「請求の予備的追加」として、「昭和五一年七月二一日原告がなした仮放免申請につき、同日被告がこれを不許可とした処分を取消す。」旨の判決を求めて、一見予備的請求のようにみられる請求の趣旨を掲げている。しかしながら、仮放免許可はその限定されている期間満了によつて当然に失効し、また新たに仮放免の許可を与える行為が、いわゆる仮放免期間延長にほかならないと解されるから、いわゆる仮放免期間延長請求も、その性質は令五四条一項の仮放免の請求と同一であると解することができる。したがつて、原告の言う「請求の予備的追加」にかかる請求の趣旨は、本訴における当初の請求の趣旨と全く同一のものにほかならなく、原告は注意的に表現を変更したものと解して以下判断する。

二被告が原告に対し、原告が令二四条四号ロに該当するとして昭和四一年二月一五日付退去強制令書を発付したところ、原告が同五一年六月二一日右退去強制令書発付処分の無効確認を求める訴訟(当庁同五一年(行ウ)第一六号)を提起し、現に当庁に係属中であること、同時に、原告が同訴訟事件を本案とする右処分の執行の停止を求める申立(当庁同年(行ク)第九号)をなしたこと、被告が原告に対し、同四九年一二月一二日令五四条により仮放免の許可をなし、その後一か月ないし一〇日間の期間を定めていわゆる仮放免期間延長を認めてきたこと、原告が同五一年七月二一日前記行政処分執行停止申立事件において当庁により前記強制退去令書の送還部分の執行停止決定がなされたことを理由にいわゆる仮放免期間延長請求をしたところ、被告が同日付をもつてこれを不許可とし、同日、原告を神戸入管に収容したこと、その後原告は横浜入国者収容所に移されて収容されていたが、原告の左股関節の悪化により手術を要する状態となつたため、同所所長が原告に対し、同五二年三月二六日、(1)許可後速やかに神戸大学医学部付属病院において手術をすること、(2)収入を得る活動に従事しないこと、の二つの条件を付して仮放免を許可し、現在原告が仮放免中であることの各事実は当事者間に争いがない。

してみると、本訴は、被告が昭和五一年七月二一日付でした原告のいわゆる仮放免期間延長請求(仮放免の請求)に対する不許可処分の取消を求めるものであるところ、被告が昭和五二年三月二六日原告の仮放免を許可したことによつて、被告の右不許可処分は、現在その効果がなくなつたというべきであるから、原告がその後においてもなお右不許可処分を取消すことによつて、原告がその処分によつて侵害された権利ないし法律上の利益の回復を求め得るのでないかぎり、本訴は訴の利益を欠くものというべきである。

ところで原告は、前記昭和五二年三月二六日の仮放免許可について、(1)許可後すみやかに神戸大学医学部付属病院において手術するため入院すること、(2)収入を得る活動に従事しないこと、という二つの条件が付せられているために、現在神戸大学医学部付属病院に入院中であるが、将来同病院を退院した際に再度収容される可能性が十分に存するし、また、家族の生活を維持するための収入活動ができなくなり生存権が侵害され、右条件に違反して収入活動に従事すれば収容されるという不利益を受ける虞れがあるので、本訴において同五一年七月二一日付の仮放免不許可処分を取消して、被告において継続して仮放免すべき義務の存在が確認されるのでなければ、原告の不利益は救済されないから、原告は仮放免中といえども本訴において訴の利益を有すると主張する。

しかしながら、本訴は、原告のいわゆる仮放免期間延長の請求に対する被告の昭和五一年七月二一日付の不許可処分の取消を求めるものであるから、本訴が認容されて原告勝訴の判決が確定した場合、前記原告のいわゆる仮放免期間延長請求に対する被告の不許可処分は、違法として遡及的に効力を失い、当初から処分そのものがなかつたのと同様の状態が現出するにすぎないものであつて、原告のいわゆる仮放免期間延長請求がなされた状態となるにとどまるものである。したがつて、被告は右勝訴判決の趣旨にしたがい改めて請求に対する処分をしなければならないが、被告が原告に対して無条件の仮放免の許可をしなければならないものではなく、もとより、右勝訴判決によつて当然に仮放免の期間延長の効力が発生するわけでもなければ、まして無条件に被告が原告に対して今後継続して仮放免すべき義務を負うことが確認されるわけでもないのである。そして、前記昭和五二年三月二六日の仮放免許可の際の前記条件からすれば、将来原告が神戸大学医学部付属病院を退院し病状が回復すれば、再度収容されるという事態が生じることは十分考えられるし、また、条件に違反して収入活動に従事すれば再度収容されるという不利益を受ける虞れもあり得るわけであるが、本訴において原告の請求が認容され、昭和五一年七月二一日付の仮放免不許可処分が違法なものとして取消されたとしても、そもそも仮放免はその時々の原告の置かれた状況、諸般の事情を考慮してなされるものである以上、将来状況が変わればその時点において仮放免不許可処分が適法になされることは当然あり得ることであつて、将来における仮放免不許可処分は、本訴における昭和五一年七月二一日付の不許可処分とは実質的にも形式的にも何らの関係もない全く別個独立の処分であり、本訴に勝訴しても、その判決の効力とか拘束力が将来における仮放免不許可処分に及ばないのはいうまでもない。そもそも将来における仮放免不許可処分は、その発生自体が不確定的なものである。原告が主張するように、再度の仮放免不許可処分による収容の虞れの存在をもつて訴の利益(予防的利益)が存するということはできない。もし将来原告主張のような再度の仮放免不許可処分がなされた場合には、その取消を求める訴訟を提起することのほうが、より直截的で有効な救済手段であるというべきである。

以上のとおり、原告の主張はいずれの点からみても失当であつて、本訴においては、原告が既に仮放免が許可された後においても、なお被告のなした昭和五一年七月二一日付の仮放免不許可処分を取消すのでなければ回復されない権利ないし法律上の利益が原告にあるものとは認められないから、原告の本訴請求は訴の利益を欠くというべきである。

三よつて、原告の本件仮放免不許可処分の取消を求める本訴請求は、訴の利益を欠き不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(阪井昱朗 大和陽一郎 上原理子)

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